'10秋展覧会探訪 相国寺承天閣美術館 続き

続いて、第二展示室。
ここは入り口に中国磁器、いつもは鹿苑寺の襖絵が飾られてある
壁面の展示スペースいっぱいに「七難七福図巻」全3巻が
ダァーーーーーと贅沢に出ています。


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この作品は、応挙のまだ若い頃、円満院祐常に仕えていた時代に
制作されました。応挙についてはこちら
当時祐常が国家鎮護のための『仁王経』に説かれる
人の災難と幸福を現代版の絵巻で人々に広めることが
制作動機かと・・・(注:あくまで推測です。)

すべて現代版(江戸時代の)の人々の姿で
各場面の選定も独自の解釈を加えた内容です。

制作にあたり、市井の人々を観察し、
刑罰を描いた巻ではそこも観察して描いたという。
祐常からは
「何年かかってもいいから、現代の人々で作ってくれ」
といわれていたようで、
祐常自身も下絵などの実際の制作に関与していたとみられます。
(応挙から絵を習っていたみたいですしね。)

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はやる気持ちを抑えて、福の巻から。

こちらは貴族の婚礼の場面をモチーフに描いています。

門の外には祝いに来た客、その主人を待つ馬と従者。
中では披露宴の準備に追われており、
主役の新郎新婦は両親とともに婚礼の儀式に入るようです。

主役の貴族はかしこまった感じの表情、
一方従者や働いている人々のほうが表情豊かです。
しかし、動作や場面の構成は過去の絵巻から取ったものだろうと
思います。



次に人災の巻
ここでは追剥や強盗など犯罪、そして刑罰について描いています。

最初は家に強盗が入り、
金品を盗み人々は殺されるか縛り上げられる場面。
旅先にて山賊に襲われる場面。
刑罰では打首・切腹・火刑・牛で引き裂かれるなど。

ここは残忍な場面ばかりで、人間の業というものを考えさせられます。

ただ美術としては、面白い。
ここは画家としても描き応えがあったんではないでしょうか?

刑罰の場面は平安の地獄絵を参考にしたのではないかという
研究もあります。

最後に天災の巻
地震・雷・洪水といった現代にも通じる天災の恐ろしさを
描いています。
逃げ惑う姿などを見ていると、昔も今も天災は人の脅威だと感じました。
中には狼やうわばみ(大蛇)といった動物に関する場面もあります。

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やはりこの図巻のメインは、難の場面にあります。
力の入りようが違うし、表情・しぐさも劇的です。
これが伝わっているように全て応挙の取材をそのまま描いたとは、
私は考えませんが、刑罰の場面は京で見ていたかも知れませんね。



グロテスクで残忍な場面を描く作品というのは、
地獄絵を代表されるような仏教絵画で存在します。

一般的にひとは絵画に「美しさ、きれいさ」を求めます。
しかし、仏教の教義は別として、差別的な表現やこういった目を背けたくなる絵も
求められてきた事実があります。

ましてや古くは後白河法皇(病草紙を作らせた)、
そして円満院の門跡がそれを造らせているというのは、
権力者・上層の人間に共通する感覚が求めるのでしょうか。


この作品は円満院旧蔵、最近までは大阪の萬野美術館の所蔵だったのですが、
その美術館がつぶれて、相国寺に買い上げられたものです。
今の時代、美術館もつぶれて所蔵品が海外や怪しげな宗教法人
最悪どこかに行ってしまうという可能性も大いにあります。おそろしや。



ということで、
全巻じっくり見られる機会はないので良かったです。
もうちょっと時間があれば、もっと見られていたんですがね?。

この作品を一昨年・昨年あたり見ることが出来ていたら、
私はこれで修論を書いていたでしょうね・・・

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